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大阪高等裁判所 昭和25年(う)3215号 判決

控訴人 被告人 増森伊助

弁護人 浜田博

検察官 小保方佐市関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審において証人谷口茂男、同谷川善左衛門、同坂清一郎及び同中村嘉三郎に支給した訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人浜田博の控訴趣意は本件記録に綴つている控訴趣意書記載のとおりであるから引用する。

控訴趣意第二点について。

原判決が被告人が昭和二五年二月一五日頃谷川善左衛門に対して金三〇万円を弁済期を同年五月及び六月の二期として且元金とも金三六万円を返済する約束にて貸与した事実を証人谷川善左衛門の原審公判廷における供述中判示に照応する部分により認めていることは所論のとおりである。しかし原審第二回公判調書中同証人の供述記載を仔細に検討するときは、右の事実に照応する供述記載があるとともに同人が被告人から三〇万円を受取る際被告人に金額一七万五〇〇〇円と一八万五〇〇〇円の約束手形二通を交付していることが明らかであつて、斯る事実からみても右三〇万円の金員は同人が所論のように共同出資金として受取つたのでなくして弁済期までの利息を六万円と定めてこれを借受けたものと認めるのが相当であるから、前記事実は同証拠によりこれを認定し得るのであつて、原判決には所論のような虚無の証拠により事実を認定した違法がないから、論旨は理由がない。

同第一点について。

貸金業等の取締に関する法律第五条の規定は同法施行の際(昭和二四年五月三一日から起算して三〇日を経過した日)現に貸金業を行つている者に対しては同年九月末日までに大蔵大臣に提出された所定の届出書に対する大蔵大臣の受理又は不受理の処分のある日まで適用せられない(同法附則第三項第二項)のであるが、右法律制定の趣旨に鑑みたとい同法施行前から貸金業を営む者であつても苟も同年九月末日以後に及んでその営業行為を継続しようとする場合には所定の届出を必要とするのであつて、そのことのない限り最早従前の営業の継続行為であつてもこれを行うことができないものと解しなければならない。そして貸金業として他に金銭を貸付け該貸金債権を昭和二四年九月末日以後に至るもなおその儘存続させてその利息金を受領するような行為は則ち貸金業の継続行為に外ならないから同法にいわゆる貸金業者でなければ行うことは許されない。同法は固より従来適法に貸した元金及び利息の受領行為そのものを禁止するものではなく、新たに貸金業を始める者だけでなく前記期限後に亘つて貸金業を継続する者にも同法第三条所定の届出義務を負担せしめるものと解すべきである。今原判決の認定した原判示(一)乃至(六)の各事実を検するにいずれも被告人が貸金業者として昭和二四年九月三〇日以前に元本を貸付けたものであるとはいえ、同年一〇月一日以後即ち被告人が最早貸金業者でなくなつたに拘らず従前の営業の継続行為を敢行したものでありその余の原判示(七)乃至(十)の事実と相俟つて同法第一八条第一号に該当すること勿論であるから、原判決が被告人の右行為に同法条を適用処断したのは正当適法であつて、原判決には所論のような違法がない。従つて本論旨も採用できない。

同第三点について。

所論に鑑み記録を仔細に調査して本件犯行の動機、種類、態様、回数、貸付けた金銭の額、利率並びに支払を受けた利息金額その他各般の情状を検討考慮するときは、原審の科刑が重過ぎるものと認められるから、本論旨は理由あり原判決は破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三九七条第三八一条に従い原判決を破棄しなお本件は当裁判所において直ちに判決をすることができるものと認められるから、同法第四〇〇条但書により更に判決をすることとし、原判決の認定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為は貸金業者等の取締に関する法律第一八条第一号第五条罰金等臨時措置法第二条に該当するから所定刑中罰金刑を選択しその金額範囲内で被告人を罰金一〇万円に処し、刑法第一八条により右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条により主文第四項掲記のように被告人をしてこれを負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 富田仲次郎 判事 棚木靱雄 判事 入江菊之助)

弁護人浜田博の控訴趣意

第一、原判決は法令の解釈、適用を誤つた違法がある即原判決は被告人が肩書法律施行の際貸金業を営んで居た者であることを認めて居る従つて被告人は同法附則(2) により昭和二十四年九月三十日迄に所定の届出を為す事により同法第五条は大蔵大臣処分の日迄適用せられないのである(同法附則(3) )然るに同判決は被告人が昭和二十四年九月三十日迄に貸付け同年十月一日以降利息を受領した(一)乃至(六)の事実を違法と認め同法を適用して居るのである九月三十日迄適法に貸金を為し得た人が十月一日以降に於いて利息及元金の受領をなし得ないとすれば貸金を適法に為し得た人は同法により重大な財産権を侵害せられた事となる同法は斯の如く財産権を侵害するものではなく十月一日以降新な貸金を行い得ないことを規定し従来適法に貸した元金及利息の受領を禁止したものでないことは明らかであると思料する仍て原判決は法令の解釈適用を誤つた違法があると思料しますから破棄せらるべきものと信ずる。

第二、原判決は虚無の証拠により事実を認定した違法がある即ち原判決は(十)の事実は証人谷川善左衛門の当公廷に於ける供述中判示に照応する部分に依り認定して居るが同人の供述は公判調書に依れば被告人より共同出資として三十万円の提供を受けその配当として一万七千円被告人に支払つたものなる趣旨であることが判る左れば原審立会検事は右谷川の証言証明力を争う為書証を提出したのである然るに原審判決は同人の供述の僅少部分を抽出し之れにて犯罪事実を認定して居るが之れは証人の証言の趣旨を誤解したもので結局虚無の証拠により事実を認定したものと謂わなければならない仍て破棄せらるべきものと信ずる。

第三、仮りに前二項が理由ないとしても原判決は刑の量定不当なりと思料する即被告人は自ら進んで金を貸したのではなく借主等より懇請せられ日頃の同情心からそれに応じたものである金利も七分乃至一割であつて決して暴利ではない加之貸付金は何れもが完全に回収せられるものでなく従つて被告人の本件による利得は原判決時に於いて十万円以下である。然し乍ら本件検挙後は未収金の回収は極めて困難になるから元金の回収すら覚束ない仍て結局は損失を蒙るのみとなる。此の被告人に原審が罰金二十万円を言渡したのは極めて重い刑であると信ずるので何卒原判決破棄の上御寛大な御裁判を賜りたい。

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